★スーパーチルドレンの誕生
ここ10年、知識豊富な、大人顔負けの「物知り子供」が増えました。
もちろん、ずっと昔から、動物好きの子供が、すっかり生き物の世界にのめり込み、まるで獣医さんや動物園の飼育員のように動物の生態に精通した…という話しはありますね。また、幼い頃から電車やバスなどの乗り物が大好きで、それが高じて特急や急行列車の名前から、JR全線の駅名まで覚えてしまった…という話しなどもある話しです。このように、自分の興味や好みから、その道の立派な「マメ博士」になる、という子供は、どの時代にもたくさんいたでしょう。
しかし、「正しい受験準備とは?」の項目で私が「スーパーチルドレン」と呼んだ子供達は、昔ながらの「マメ博士」を指しているのではありません。スーパーチルドレン、それは、「自分の興味や好み」という自発的な向学心からではなく、どちらかと言えば親の勝手な嗜好で、何となくイメージする「利発な子、利口な子」にするべく、せっせとわが子に教え込み、訓練し、親の自己満足を満たすことを秘かな目的とした(親がそれに気づいているかどうかは、ここでは問題ではありません)、ロボット的な子供を指します。
もちろん、何でも「知る」という亊はすばらしい亊です。知らなかったものを知る事によって、子供の中に広がっていく世界…その価値ははかり知れませんね。ただ、「知識が豊富である」という亊に何よりの価値を見い出し、その部分を高く評価して、親がわが子の亊を優秀だと思い込んでしまう亊、そして、子供自身も、もの知りである自分が誰よりも優秀である、と認識してしまう亊、これらの亊は、私は大変危険な思いだと思えてなりません。
★人格という「タンス」
私は、人はそれぞれに、自分の心身に一つの「人格というタンス」を持っている、と考えています。その「タンス」の中に、どんどんと入れていくもの、グッズ、それが「知識」なのだと思うのです。
人が生まれた時、最低限、生きていくために用意されたタンスがあります。そのうちに、見たり、聞いたり、考えたり…1歳には1歳の、3歳には3歳なりの経験をしていくうちに、そのタンスがだんだんと大きくなっていく。つまり、幼いうちは多大な親の力を借りながら、人は五感によって、タンスそのもののキャパシティーを大きくしていく…これが成長だと考えています。
ですから、まず、親が何よりも先にしてやる亊、それは、わが子のために、少しでもしっかりとした、少しでも大きいタンスを用意してやること、それこそが、子供が幼い時期の親の何よりの責任でしょう。ここで敢えてタンスを「人としての力、人間力」と言い換えれば、その重要性がわかっていただけるのではないでしょうか。
★グッズばかりを持った子供達
しかし、残念ながら現代、質のよい「タンス」を持っている子供は稀になりました。なぜなら、親が、わが子に「タンス」を用意する必要性を理解せず、その中に入れるグッズばかりに目を奪われているからだと思うのです。グッズ…それは知育的なスキルであったり、外国語学習であったり…
こんな例がありますよ。これは先生と、幼稚園の年中さんの間で交わされた会話です。
先生:「お父さんやお母さんと一緒にデパートにお買い物にいきました。ところが、おもちゃ売り場で欲しいおもちゃに見とれているうちに、あなたはお父さんやお母さんとはぐれてしまいました。パパやママがいなくなっちゃった、ってわけよ。そう、迷子になったのね、あなたたち。さあ、どうする?」
子供1:「おまわりさんを探す!」
子供2:「違うよ、おまわりさんは、どこにだっているってわけじゃないんだもの。まずは交番を探すのよ!」
子供3:「それは違うな。デパートのおばさんに、家の住所を言う!」
子供4:「住所よりも先に、絶対に家の電話番号を言うんだよ!」 etc. etc.
いかがですか?
困った時のおまわりさん、お家の住所や電話番号…確かに立派ですね。世の中の5歳児には、電話の存在は知っていても、その電話番号などは全くわからない、住所?それって何?という子供達がたくさんいるわけですからね。しかし、どの答えも、私が言うタンスの中にしまう「グッズ」だと思いませんか?
このシチュエーションで大事な事は、まずはお店の人に、「自分が迷子である」という事を伝え、はぐれてしまった親を見つける事にあります。しかし、上記の子供達は、あくまでも「既製品」的な発想しかなく、知恵を働かせる事が出来なかったのですね。
★知恵を働かせる習慣
今の子供達は、知識が豊富でも、知恵を働かせる事がとても苦手です。要するに、すばらしい知識、グッズをたくさんに持っていても、タンスそのものが小さく(人間力が乏しい、幼い)、整理整頓もされていないために、自分の置かれた立場や状況を的確に理解し、適切な引き出しから知識というグッズを出し、複数のグッズを統合して、一つの「こたえ」を出す… という作業が出来ないのです。また、そういう作業の大切さを認識していない親に育てられていると、知恵を働かせる習慣もなければ、その術さえわからない… それが、引いては「指示待ちの子供」「依頼心の強い子供」となって育っていきます。
頭は、帽子をかぶるためにあるのではありません。考えるためにあるのです。口は食べるため、文句を言うためだけにあるのではありません。自分の思いを表現し、心を伝えるためにあるのです。
受験準備を、「人間力」を育てる良いモチベーションとして、偏りのないリードをしてあげましょう。
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